「精進料理の最後のシメに出せるラーメンを作りたい」

山梨県都留市、曹洞宗耕雲院の河口智賢さんは海外旅行者向けの禅体験 “禅リトリート” のツアーをされていらっしゃいます。そのなかで提供する精進料理の締めと、お土産としてお持ち帰りできるラーメンがあればと考えられた末に、共同開発のお声がけをいただきました。精進料理はヴィーガンであり、中でも特に誓約が厳しいとされるオリエンタルヴィーガンの食条件とほぼ同じ。以前、私が作った塩ラーメンをハラールの方に召し上がっていただいたことがあり、喜んでくださるその姿を見て以来、食条件のある方にも日本式のラーメンを美味しく食べてほしいと思っていたので、今回チャレンジさせていただくことに決めました。

"精進料理"とは、曹洞宗を含む禅宗で食される殺生や煩悩への刺激を避けた食材を使い調理された料理のこと。肉・魚介類・乳製品・卵などの動物性の食材は一切使用禁止。くわえて植物性の食材でも、五葷(ごくん)と呼ばれるニンニク・ニラ・ネギ・アサツキ・ラッキョウなどの野菜・薬味類は使わないことが必須条件になります。

 

 

私が思い浮かべた “禅”とは、日々の喧騒の中で心が整う時をつくること。すするたびに安寧を感じる麺と、口に含んだ瞬間、道が優しく開かれるような感覚をもたらすスープ。そんな「“禅”を感じる一杯」を作りたいと思いました。

“ 心、落ち着くような麺 ”。
そのイメージを体現する心地のよい繊細な食感を出せるのは乾麺であり、その中でも佐藤養悦本舗さんの「稲庭中華そば」しかないと思いました。日本三大うどんのひとつとも称される稲庭うどんの技法を取り入れてつくられたその逸品は口当たりのなめらかな食感を見事に中華麺へ昇華させ、ラーメン界でも注目され続けている乾麺です。職人の手でひとつひとつ作られており量産が難しいとお聞きしていたため、断られるのを覚悟で直談判したところ、縁あって特別にご快諾をいただけることになります。

 

 

次にスープを開発するにあたり、精進料理に使用可能な食材のリサーチを開始。

すると、中国から渡ってきた精進料理は世界最古の「ヴィーガン」であるという一説を見つけます。ヴィーガンとは菜食主義(ベジタリアン)の中でも環境問題や動物愛護の思想をもつ完全菜食主義者のことを指すのが一般的ですが、海外では和食・中華・フレンチなどと同様にカテゴリのひとつとして扱われ始めている食ジャンルでもあります。

日本には醤油・味噌・海藻のようにヴィーガン対応し得る古来の食材が豊富にありますが、ヴィーガンのラーメン自体はまだそこまで多くはありません。そこで食材のペアリング教本や、うまみの構成についての文献を漁ったり、様々な食材をスープへ落とし込む名店の店主を訪ねてはアドバイスを頂いたりして、スープの原型を探っていくことにしました。

同時にスープメーカー探しも開始。ヴィーガンのスープ開発に対応できる企業さんが少なかったため、出回っているヴィーガンラーメンを取り寄せて問い合わせをしたり、食の展示会へ足を運んだりと思いつく限りのすべてを行いました。しかし、製造数量が見合わずお断りの返事が続くなど歯がゆい日々が続くさなか、ある知人の紹介で業務用のたれや調味料づくりをするメーカーさんをご紹介いただくことになります。そこで作られている野菜だしをいただいたところ、とても野菜だけで成り立っているとは思えないうまみを感じ、ご一緒するのはこの方々しかいないと確信にいたりました。

 

 

商品のコンセプトと頭に描く食材たちを伝え、稲庭中華そばをお渡ししたのち、試作として出されたスープは昆布の旨味に白菜のだしを合わせた優しくも深みのある秀逸な出来栄え。見事なまでにコンセプトを具現化したスープに驚きを隠せませんでした。もちろん、これでも十分に人前に出せるレベルであることは確か。しかし、優しいままで終わるのではなく、「道がひらくような」禅を体験した後に感じる感覚をどうにか足せないか。そんな思いとともに試作を持ち帰り、精進料理の食条件である五葷不使用に注意を払いながら、わさび・生姜・柚子胡椒・からし・トマト・ほうれん草・山椒などの調味料を合わせてみることにしました。中でも、山椒と柚子胡椒をわずかにくわえると優しさから始まり、最後に心が晴れるような味覚が。

再度メーカーさんにこれを共有したところ、山椒と同じミカン科サンショウ属の花椒を追加するのはどうかと提案を受けます。改めて試作をいただくと、スッと鼻に抜ける花椒の爽やかさと、どことなくお茶のようなニュアンスが追加され、私の中の禅のイメージとぴったりと一致、これでスープも決まることになります。

 

 

しかし、ここで大量生産過程へと進むにあたり、世界基準にくらべ日本は緩いとされ、たびたび問題にもなる食品添加物問題が立ちはだかります。そこで、中華麺には必須の炭酸ナトリウムが主な原材料となる“かんすい”の使用をのぞき、クチナシなどの着色料や増粘剤、乳化剤、酸化防止剤などを一切使わず、植物由来の原材料・調味料のみを使用した添加物を改めて選定。製造過程に使用される化学物質まで私自身でチェックを行い、スープの大量生産の開始までなんとか漕ぎ着けることができました。

そしていよいよ、最終段階のネーミングとパッケージデザインへ。ラーメンの世界にもっとクリエイティブな視点をくわえたいとかねがね思っていた私は、⾷に対して同じ感覚をもつクリエイティブディレクターに声がけをしました。打ち合わせを重ね、国内外の⽅が覚えやすいシンプルなものが良いということで、ネーミングは “禅麺” を採⽤。パッケージは、和を感じつつも興味を増幅させるようなインパクトのあるデザインをと伝えたところ、タイポグラフィを主軸とするアートクリエーターのMILTZさんを起⽤したネオ和⾵なデザインを提案いただき、⼀⽬みて気に⼊り決定となりました。

 

 

こうして私のできることをすべて詰め込み、こだわりぬいた禅麺を皆様にお届けできるようになりました。世界中のヴィーガンの皆さまをはじめ、多くの方々に食していただき、この美味しさをご共有いただければ感無量です。

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