『斎宮(さいくう)』という土地をご存じでしょうか。
2015年、日本遺産に認定されたこの地は、三重県多気郡明和町にあります。
7世紀中頃から13世紀中頃までの約660年にわたり、時の天皇に代わって天照大神へ祈りを捧げた皇女『斎王』が暮らした場所。それが斎宮です。
私はその斎宮のある明和町で育ち、後に即席麺メーカーへ就職しました。
幼いころから父の影響でラーメンや麺類に囲まれて育ったこともあり、気づけば人生の中心にはいつもラーメンがありました。
そして東京で暮らすようになって初めて、三重県の食文化や食材の豊かさを客観的に実感するようになります。
「この土地の魅力を、ラーメンという形で残せないだろうか」
そう考え、2024年の夏に帰省した際、地元でラーメン開発をしたいと周囲へ話していたところ、今回の依頼主である明和観光商社の千田さんをご紹介いただきました。
私は半ば突撃訪問のような形で、
「乾麺を使ったラーメンで、明和町にまつわる一杯をつくらせてください」
とお願いしました。
するとちょうど、明和町の新たな食のコンテンツを模索されていた時期だったこともあり、企画は驚くほど自然に進み始めます。
こうして、『斎麺』の開発が始まりました。
斎麺は『五穀豊穣に祈りを捧げるラーメンを』が表向きのコンセプトですが、実はその裏側には、『斎王へ捧げるラーメン』というもうひとつのテーマを据えていました。
その世界観を一杯の中で成立させるため、開発にあたって三つの条件を設けました。
一、平安時代の食材を使うこと。
二、三重県の食材や企業をできる限り使うこと。
三、精進料理基準で構成すること。
この三つを軸に、まず取りかかったのが麺でした。
地元の方々に「三重県の乾麺といえば」と尋ねると、口を揃えて「四日市の大矢知やろなぁ」と返ってきます。
大矢知地区は三重県内でも有名な製麺所エリアです。
私は気になる製麺所の素麺を片っ端から取り寄せ、比較試食を行いました。
比較してみると、みずみずしい麺、コシの強い麺、小麦の香りが立つ麺など、それぞれの個性がよくわかります。
その中で、ひときわ黄金色に輝き、啜ったときに”つるみ”と”にゅるみ”を感じたのが、渡辺手延製麺所さまの麺でした。
そのたおやかな質感に、私はどこか斎王らしさを感じました。
渡辺手延製麺所さまでは、素麺・冷麦・うどん・きしめんを製造されていますが、中華めんは扱われていません。
実は当初、中華めんの開発もご相談していました。
しかし、中華めんに必要不可欠な「かんすい」を製麺工程へ導入することは難しいとのご回答でした。
理由は、普段使わない原料を扱うことで他製品へのコンタミネーション対策が必要になること、そして生地の状態が大きく変化するため、品質の見通しが立たないこと。
伝統を守り続けている製麺所へ、こちらの都合で無理をお願いするべきではない。
そう考え、かんすいを練り込んだ新麺開発はいったん断念しました。
その後、素麺で検討を進めていましたが、どうしても“煮麺”の印象から抜け出せないという問題に直面します。
そこで冷麦・うどん・きしめんでも試したところ、冷麦の太さが中華麺の中細麺から中太麺に近く、最もラーメンらしい雰囲気になることがわかりました。
その話を渡辺手延製麺所さまへお伝えすると、
「実は、うちは冷麦がいちばん自信あるんよ」
と仰っていただき、冷麦の『バチ麺』の存在を教えていただきます。
バチ麺とは、乾麺を干す棒にかかった部分が三味線の撥(ばち)の形に似ていることからそう呼ばれる麺です。
平たい部分と丸い部分が一本の麺の中に共存しており、初めて見た瞬間に心を掴まれました。
さらにその形状が、平安時代に中国から伝わった索餅(さくべい)が、後に麺状へ変化していく過程を一本の麺で表しているように思えたのです。
斎麺のコンセプトに、これ以上ないほどぴったりでした。
こうして、麺は冷麦のバチ麺に決まりました。
麺が決まると、次に考えなければならないのはスープです。
斎麺では、斎王を通して伊勢神宮の神饌(しんせん)を意識しました。
神様へお供えする食事の基本となる米・酒・塩・水を軸に構成すると、自ずと塩ベースのスープへ辿り着きます。
塩ラーメンは、塩が命です。
私は『三重県 塩』で調べ尽くせる限りの塩を取り寄せ、それぞれの背景や製法まで徹底的に調べました。
その中で、ひときわ斎麺にふさわしいと感じたのが、岩戸の塩工房の百木さんがつくられる『岩戸の塩』でした。
夫婦岩近くの神前海岸の満潮時の海水のみを使い、薪火で炊き続け、一日にわずか30kgしか生産できない塩。
その背景を知れば知るほど、どうしても使いたいと思うようになります。
ご縁を辿って百木さんをご紹介いただき、斎麺のコンセプトをお伝えしたところ、ひとつ条件をいただきました。
「岩戸の塩を使うなら、他の塩は一切使わないこと」
岩戸の塩は海水をそのまま使うため、製造ごとに味が変わります。
一般的な食品開発では複数の塩をブレンドし、味を安定させる考え方が主流なこともご理解いただいた上で、それでもなお、岩戸の塩だけでというご要望でした。
大量生産において“味の不安定さ”は通常デメリットになります。
しかし料理は、少しの揺らぎがあるからこそ毎日食べても飽きないのではないか。
そう考え、岩戸の塩の個性をそのまま生かす方向で進めることにしました。
また、価格面も決して安価ではありません。
ですが、手塩にかけて作られているものに対して価格交渉を行うのは野暮だと思い、言い値で購入させていただきました。
塩が決まったところで、今度はそこへどのように旨味を重ねるかを考えていきます。
精進料理の旨味を構成する上で欠かせないのが、昆布です。
ただ、昆布だけでは少し淡泊でした。
そこで追加で考えたのが、三重県産のアオサです。
三重県はアオサの生産量日本一。
私は、斎王へ献上するのであれば、どこまでも美しい塩ラーメンにしたいと思っていました。
麺が透けて見えるほど透明度の高いスープに、オイルが静かに浮かぶような一杯。
県内ではアオサは当たり前のように料理へ使われていますが、多くはそのまま具材として乗せられています。
しかし、それではスープの透明感が損なわれてしまう。
斎麺では、アオサを“見せる”のではなく、“溶け込ませる”形で使いたいと思いました。
そこで今回お願いしたスープメーカーさまへ相談したところ、開発担当の方から当たり前のように、
「じゃあ、アオサで出汁を取りますね」
と言われたのです。
私は驚きました。
大量生産のスープメーカーで、乾物から出汁を取るという発想がなかったからです。
しかも昆布だけでなく、乾物であればさまざまなものから出汁を取れるとのこと。
実際にアオサ出汁を試していただくと、これが本当に美味しかった。
お客様からは「貝のような味わいがする」と言っていただくこともあり、動物性食材を使わずとも、三重の海を感じられる味に仕上げることができました。
こうして塩と出汁の骨格ができあがり、最後に考えたのが油です。
油を探していた際、明和町の隣町である多気町にえごま油の製造所を見つけました。
しかし非常に高価で、生産量にも限りがあり、今回は採用を断念。
代わりに、スープメーカーさまが既に取り扱われていたえごま油を使用することになりました。
また、南野商店では、商品開発の際に毎回意識していることがあります。
それは、“ニュアンスのようなエッセンス”を忍ばせること。
食べた瞬間に明確にわかるわけではないけれど、
「何が入っているのだろう」
「なんだか気になる」
そう思っていただける程度の、ごく僅かな余韻を設計しています。
禅麺では花椒、そして斎麺では“わさび”でした。
こちらもまた、隣町である大台町に素晴らしい生産者さまがいらっしゃいます。
伊勢志摩サミットでも提供されたほどの上質なわさびです。
しかし、問い合わせを行ったところ対応可能なのは生わさびのみで、今回は採用が難しいという結果になりました。
そこで、三重県の辻製油さまが製造されていた『フレーバーオイル わさび』を使用することになります。
このオイルが素晴らしかった。
透明感があり、わさびのニュアンスだけを綺麗に引き上げてくれたのです。
実際にスープをご試飲いただくと、
「わさびの香りはするのに辛くない」
と驚かれることも多くありました。
そのおかげか、わさびが苦手な方や、お子様でも召し上がれたというお声をいただくこともあります。
“主張する”のではなく、あくまで余韻として存在させる。
斎麺におけるわさびは、そんな立ち位置の食材でした。
ただ、このわさびオイルを採用するにあたって、一点だけ確認しなければならない問題がありました。
原材料表示のスラッシュ以降に記載される食品添加物です。
ヴィーガンや食条件を厳しく設定されている方は、添加物表記を非常に気にされます。
そこで辻製油さまへ確認したところ、偶然にも大学時代のアルバイト先の後輩が営業担当として在籍していることが判明し、社内確認まで丁寧に対応してくださいました。
結果、使用されていた香辛料は100%マスタードシード由来から抽出した揮発成分であることがわかり、証明書までご用意いただけました。
だからこそ、安心して使用することができました。
こうしてスープの味は概ね完成し、明和観光商社の千田さんと安藤さんにご試食いただきました。
美味しいと仰っていただけて安心した一方で、ひとつの問いが浮かび上がります。
「これは、本当にラーメンなのだろうか」
その言葉によって、私の中でずっと蓋をしていた問いが浮かび上がりました。
“ラーメンとは何か”。
斎麺は、もしかすると“斎麺という新しい麺料理”でも成立したかもしれません。
ですが、ラーメン偏愛家として、ここから逃げてはいけないと思いました。
ラーメンを食べ、考え、人へ問い続ける中で、私はひとつの答えへ辿り着きます。
それが、『かんすい』の存在でした。
よく「かんすいとは何か」と聞かれるのですが、簡単に言えば、中華麺特有の風味や色味、食感を生み出すアルカリ性の成分です。
代表的なものとして炭酸ナトリウムなどがあります。
では、そのかんすいを斎麺の中でどのように扱うのか。
当初は、かんすいを麺へ練り込んでもらうことも考えていました。
しかし渡辺手延製麺所さまは、今ある麺の美味しさを守ることを何より大切にされており、新たな麺開発は現実的ではありませんでした。
そこで、スープへかんすいを調味料として添加できないかと相談しましたが、アルカリ値の問題で製造基準を超えてしまうため難しいという回答でした。
やはり、麺側で何とかしなければいけない。
そんなとき、以前麺やかんすいに詳しい方から聞いた言葉を思い出します。
「かんすいを入れたお湯で麺を茹でると、中華麺みたいになるよ」
半信半疑で試してみました。
すると、乾麺のうどんが中華麺のような色味へ変化し、味わいも食感も驚くほどラーメンらしくなったのです。
この発見が、後に『中華めんの素 YUDE-CO®』の開発へと繋がっていきます。
また、YUDE-COで使用しているかんすいは、内モンゴルのかん湖から精製される炭酸塩由来のものを使用しています。
食品添加物という表記だけを見ると不安に感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、由来まできちんと説明できるものを使いたいという思いから、この点についても強く意識して開発を進めました。
YUDE-COを開発できたことで、渡辺手延製麺所さまへ新たな負担をかけることなく、既存の素晴らしい麺を“ラーメンとして楽しめる麺”へ変化させることができました。
さらに斎麺は、YUDE-COを使わなければ冷麦として、使えばラーメンとして楽しむことができます。
乾麺そのものを深く愛してもらえる構造にできたことは、麺を愛する者として非常に嬉しいことでした。
写真で見比べていただくと、通常のお湯で茹でた冷麦と、YUDE-COを入れて茹でた冷麦では、色味にもはっきりと違いが現れます。
こうしてようやく中身が完成し、次はパッケージ制作へ移ります。
南野商店の初期からブランディングやクリエイティブを共に考え続けてくださっている方と、今回も一緒につくり上げました。
斎宮のある明和町の町花である花菖蒲をあしらい、“思わず飾りたくなるパッケージ”を目指しました。
また、『斎麺』の書は、以前からInstagramで拝見していた書家の松下夕那さんへお願いしています。
斎王という皇女の存在を考えたとき、女性らしさを全面に出したいと思い、女性の書家さんへお願いしたいと考えていました。
調べてみると共通の友人がいることがわかり、ご縁を繋いでいただいたことで快くご承諾いただけました。
いくつか案をご用意いただいたのですが、現在使用している書が最初の段階で現れ、すぐに決まりました。
発売後は「書が美しい」「どなたに依頼されたのですか」と聞かれることも多く、特に書を嗜む女性からの反響が印象的でした。
また、パッケージ下部にはデザインとして英語で斎麺の説明を入れるご提案もいただき採用しています。
海外のお客様にも内容を理解していただけるので、非常に良いデザインになりました。
一方で、裏面制作は本当に大変でした。
南野商店の商品はストーリー性が非常に強いのですが、表面ではあえて多くを語らないようにしています。
日本は“間”や“余白”が美しい国だと思っており、その感覚をデザインへ落とし込みたかったのです。
その代わり、裏面で世界観を完結させる構造にしています。
しかし今回は、通常の原材料表示だけでなく、YUDE-COの説明や食品添加物表示まで必要になりました。
限られた文字数とスペースの中ですべてを成立させる必要があり、何度も削っては組み直しを繰り返しました。
結果的になんとか収まり、ようやく斎麺は完成を迎えます。
完成した斎麺は、毎年六月初週の土曜日に開催される『斎王まつり』に合わせ、2025年6月より販売を開始しました。
事前に明和町で行われたお披露目会では、「新しい食の名物ができた」と、多くの方に喜んでいただけました。
現在は、斎宮駅前のいつき茶屋さまにて、実際に斎麺をご提供いただいています。
トッピングには平安時代に存在した食材のみを使用し、さらに植物性由来のみで構成しています。
器やお盆、箸置きなども世界観に合わせてこちらで選定しました。
お越しになった方々は、その場で斎麺を召し上がり、そのままお土産としてラーメンキットをご購入くださることも多いそうです。
また、いつき茶屋さまは町民の憩いの場でもあり、地元の方々にも日常的に召し上がっていただいています。
特に夏場は、冷たい斎麺が好評だったと伺いました。
さらに三重県は茶屋文化が強く、お土産が和菓子など日持ちしないものも多いため、県外や海外への贈り物としても重宝いただいているようです。
こうして斎麺が少しずつ土地に根づいていく様子を見ながら、私は乾麺を用いたラーメンキットに、開発当初に想像していた以上の可能性を感じるようになりました。
YUDE-COの開発によって、全国の乾麺文化を壊すことなく、それぞれの土地の麺を“ラーメン”として成立させることができます。
その土地の歴史や文化、風土、食材。
それらをラーメンという形へ落とし込むことで、“地域文化を持ち帰れる食”になるのではないかと思っています。
そしてそれは、店舗へ足を運ぶことが難しい方々にも、美味しいラーメンを届けられる可能性でもあります。
ご高齢の方、小さなお子様を育てている方、海外にお住まいの方。
『あまねく世界へラーメンを』という言葉が、ようやく現実味を帯びてきました。
斎麺は、単なるラーメンキットではありません。
土地の歴史や文化、人の想いを一杯へ落とし込めるのだと教えてくれた、大切な挑戦でした。
そしてもし今後、地域の食文化や歴史を新たな形で残したいと考える土地があるのなら。
ラーメンという器で、その土地の魅力を世界へ届けるお手伝いができるかもしれません。
斎宮で始まった一杯は、今、明和町の現地だけでなく、東京や三重県内各地、さらにはパリでもお取り扱いいただいています。
地域から生まれた一杯が、少しずつ土地を越えて広がっていることを、とても嬉しく思っています。
斎麺のご用命はこちらから。